「橋姫」の内容は大きく3つ。
光源氏の弟、八の宮の人物紹介と隠遁生活を送る今の様子。
その八の宮の二人の娘について。
薫の出生の真実を薫が初めて知ること。
若き光源氏が反対派の陰謀により失脚し須磨・明石に流されるという時期、その反対派により光源氏派の対抗馬として擁立されたのが、
光源氏の弟の八の宮。
ところが政権の中枢に返り咲いた光源氏派によりこの八の宮は政権から遠ざけられ、失意のうちに宇治に移り住むこととなった。
この地で念誦三昧の生活を送り、最愛の妻にも先立たれ、途方にくれながらも残された二人の娘を育ててきた。
御念誦のひまひまには、この君たちをもてあそび、やうやうおよすけたまへば、琴習はし、碁打ち、 偏つきなど、はかなき御遊びわざにつけても、心ばへどもを見たてまつりたまふに、姫君は、らうらうじく、深く重りかに見えたまふ。若君は、おほどかにらうたげなるさまして、ものづつみしたるけはひに、いとうつくしう、さまざまにおはす。(長女は品よく奥深さのある容貌ようぼうを備え、妹はおおようで、可憐かれんな姿をして、そして内気に恥ずかしがるふうである)
その娘も成長し、今度は彼女たちの行く末が心配になってくる。
そんなときに八の宮の話を耳にした薫が非常に興味を持つ。
「 八の宮の、いとかしこく、内教の御才悟り深くものしたまひけるかな。 さるべきにて、生まれたまへる人にやものしたまふらむ。心深く思ひ澄ましたまへるほど、まことの聖のおきてになむ見えたまふ」(八の宮が、たいそうご聰明で、教典のご学問にも深く通じていらっしゃいますなあ。そのようになるはずの方として、お生まれになったのでいらっしゃる方なのでしょうか。お考えが深く悟り澄ましていらっしゃるほどは、本当の聖の心構えのようにお見えになります)
八の宮と親しい僧から、こういう話を聞いた薫は、
「 俗ながら聖になりたまふ心のおきてやいかに」自分の出生に疑問を持ち続け、世を厭う風のある薫がこの人に惹かれていくのはよく理解できる。
薫が宇治に出向くようになり、八の宮と語り合う機会が増えてくるとおのずとその娘にも目が行くようになる。
八の宮が不在の折に彼女たちの琴の音にひかれ、初めて垣間見する・・・
この時点ではまだ薫の姫たちへの気持ちが大きく揺れ動くというところまでは至らず、初対面の印象が普通に書かれている程度。
それよりこのでの大きなテーマは、薫がこの姫たちの乳母弁の君から自分の出生の秘密を打ち明けられたこと。
そしてこの
弁の君から意外なものを受け取ることになる。
かび臭く古びた袋で、中には死期の迫った柏木が女三の宮にあてた手紙で、
陸奥紙五、六枚に、 つぶつぶと、あやしき鳥の跡のやうに書きて、
目の前にこの世を背く君よりも
よそに別るる 魂ぞ悲しき(目の前にこの世をお背きになるあなたよりもお目にかかれずに死んで行くわたしの魂のほうが悲しいのです)
また、端に、
「めづらしく聞きはべる 二葉のほども、 うしろめたう思うたまふる方はなけれど、
命あらばそれとも見まし人知れぬ
岩根にとめし松の生ひ末」(「めでたく聞いております子供の事も、気がかりに存じられることはありませんが、生きていられたら、それをわが子だと見ましょうが誰も知らない岩根に残した松の成長ぶりを」)
実の父親が“鳥の跡”のような文字でかろうじて書いた文を見た薫の心境がこの帖の最後に書かれている。
「かかること、世にまたあらむや」と、心一つにいとどもの思はしさ添ひて、内裏へ参らむと思しつるも、出で立たれず。宮の御前に参りたまへれば、いと何心もなく、若やかなるさましたまひて、経読みたまふを、恥ぢらひて、もて隠したまへり。「何かは、知りにけりとも、知られたてまつらむ」など、心に籠めて、よろづに思ひゐたまへり。こんなことが一体この世の中にありえるんだろうか?
どう理解していいのかわからない、仕事も手につかないという心境がよくわかるし、過去の秘密を子供に知られたとは思ってもいない母親の無邪気と言えるような姿を見ると、「自分が事実を知ったとは決して言わないでおこう」と心に決め、自分ひとりの心にすべてしまいこんでしまう彼の心中の苦渋が手に取るようにわかる。
光源氏とは全く違う性格の薫がこれからの物語の主人公になっていく。
この「橋姫」は、いわば宇治十帖の前説で、薫と宇治の姫との出会いを書いた物語で、浮舟を除く登場人物の紹介という位置づけ。
薫と姫の二人の想いは・・・・?
匂宮を交えて複雑に展開してゆく。